浅草寺 羽子板市

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羽子板市
 羽根突きの遊び自体の起源は室町時代頃のようで、後崇光院(伏見宮貞成親王、後花園天皇の父)が永享4年(1432年)に書かれた看聞御記にも見受けられます。当時からこれを年末の贈り物にする風習もあったようですが、現在のように金銀や正絹の押絵などで飾られた華麗なものが出てきたのは江戸時代後期になるようです。

 浅草寺境内で羽子板市がはじまったのは、江戸時代初め万治2年(1659年)と伝えられています。江戸時代中頃には、歌舞伎の人気役者の舞台を写した羽子板が市に並べられ、文化・文政年間(1804~1829)には、歌舞伎役者の絵を押絵を用いて取りつけた押絵羽子板だ登場し、現在にいたっています。

 羽子板の製作は、以前は浅草寺からも近い下谷周辺に多くありましたが、関東大震災や戦災の影響でその多くが埼玉近郊に移転しています。

 羽子板は、10cmほどのミニ羽子板から、2m近くもある大きなものまで様々なものがありますが、60cmぐらいの羽子板(1~4万円前後)が売れ筋だそうです。弁慶、助六、鏡獅子、娘道成寺、汐くみ、藤娘といったものが多く見られますが、その年に話題になったスターのもの(世相羽子板)も登場します。 

浅草寺 羽子板市は 12月17日 18日 19日 です

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